森美術館の美術展は、いつもセンスがいい。
その内容の濃さは、美術鑑賞というにはあまりに味気ない、もはや哲学の域だ。
以前の「宇宙と芸術展」も素晴らしかったけれど、今回の「日本の建築展」も、期待を裏切らない面白さだった。
古代から現代にいたるまで、日本が誇る建築の技術や美しさを、様々なアプローチで紐解いた展覧会である。
章ごとのテーマを並べてみると、こんな感じ。
01 可能性としての木造
02 超越する美学
03 安らかなる屋根
04 建築としての工芸
05 連なる空間
06 開かれた折衷
07 集まって生きる形
08 発見された日本
09 共生する自然
建築好きとしてはこれだけでむずむずしてくる・・・
まさに、ロマンと美と技術が詰まった、誇るべき日本建築の集大成といったところ。
展示作品は、なんと400点を超える圧巻の内容だ。
ギャラリー内に入ると、まずは「会津さざえ堂」の模型が目をひく。
ファンタジーな香り漂う、今の時代も古びないミステリー建築である。
さざえ堂(国指定重要文化財)|観光スポット|会津若松観光ナビ
続いて、まるでパルテノン神殿さながら、古代のロマンくすぐる出雲大社の本殿。
太古の出雲大社本殿は、50m近くにも及ぶ壮大なお社だったとか。
言わずと知れた、安藤忠雄の「水の教会」ももちろん登場する。
自然との完璧な融合美を実現した、美しい傑作。
あとは、個人的にお気に入りの鈴木大拙館。ここは、いつか訪れて以来、あの静謐な美しさが未だに忘れられない。
他にも、寝殿造や、千利休の茶室、厳島神社や東大寺南大門から、スカイツリー、ルイヴィトン銀座店に至るまで、時代を超えた高度な建築デザインが目白押しである。
また、展示物もさることながら、解説の言葉にも考えさせられるものが多かった。
そのひとつが、
日本の建築は、「目の前にある実体を超えた何かを感じる」
というもの。
確かに、数れた建造物のなかにいると、ただ「建物」という合理的で物質的なものだけではない、筆舌に尽くしがたい「気」のようなものを感じることがある。
木という生きた素材が息をしているからなのか、日本家屋特有の奥行きと陰影が生み出す光のコントラストがそう錯覚させるのか。
仏閣しかり、寺院しかり、建造物というのは、精神的な「何か」をその懐に宿す芸術でもあるのかもしれないと思うと、建築の奥深さにますます魅了される。
また、もう一つ興味深かったのが、日本建築が持つ「ぼんやりとした境界」という特徴だ。
家屋で言えば、たとえば土間や縁側。平安時代の寝殿造も、御簾などを隔てて緩やかにつながり、不動な壁とは違う流動的な構造をしている。
家と外の「あいだ」で、ご近所さんと話をしたり、庭の自然を愛でたり。
源氏物語の世界を覗いてみれば、御簾を隔てて様々なドラマが繰り広げられていたり。
独特なこの建築の構造が、日本人の「あいだ」という空間観を醸成したのではないか。
そういう分析もナルホドと妙に納得してしまう。
この「あいだ」にある生活空間の伝統が、もしかすると、日本人のコミュニティ意識や人間関係における空間観の形成にも一役買っている、と考えると、さらに面白い。
建築といい暮らしといい、日本人は「ゆるやかにつながる」というグラデーションのようなものづくり・関係づくりが元来得意なのかもしれない。
建築は、生活様式やコミュニティデザインにまで、どんどん裾野が広がっていく。
「Power of Scale」というバーチャルな展示にも感嘆した。
四畳半くらいの立方体の空間のなかに、様々な「部屋」の映像が映し出されるのだが、これが極めて立体的で、超リアルなのだ。
はじめは線で描かれた図面的な絵でしかないが、そのすぐ後に、実際の部屋のイメージが浮かび上がる。部屋の外には街並みや自然などが映し出され、周囲の空間ともゆるやかにリンクする。
図面的なのに実体感があり、設計図と空間感覚が同時に認識される不思議な体験だ。
映し出される空間は、電話ボックス、カプセルホテル、被災時の避難所で区分けされるボールハウス、茶室と、どれも小さな空間ばかり。
それらを見ていると、私たちの暮らしは、案外小さなハコのなかに収まっているのだなと思い直す。
私たちの五感は、テクノロジーの発展に伴ってどんどん拡張されてきたが、実体そのものが必要とする空間は、ごくごく小さなものなのだと気付かされた。
そもそも、人間の暮らしは、空間のなかにできている。
その空間をつくるのが、建築なのだ。
建築と人の暮らしは、古代からずっと、密接に関わり合ってきたのだろう。
建築は、精神的な「空気」も、コミュニティ意識も、人の暮らしもつくりだす。
それらが紡ぎ合わされて人の歴史が刻まれていくのだとすれば、建築は気が遠くなるほど壮大な空間芸術だ。時空すら超えるとも言えるかもしれない。
そして、建築が歴史をつくってきたのなら、人間の未来さえも、つくることができる。
日本が誇る建築の技術と美は、どんな未来をもたらしてくれるのだろう。
私たちの未来は、どんな建造物のなかで繰り広げられるのだろう。
そんなことを考えていたら、帰り道、目に映る東京の建造物が、どれもものすごくロマンに満ちたものに見えてきた。
***番外編***
「待庵」の展示エリアでは、実際に茶室の中に入ることもできます。
…が、私は、窓の外の景色に圧倒されて、入る余裕をなくしてしまいました(笑)
というのも、実はこの「待庵」、窓のある部屋に設置されていて、展示エリアに入るなり、質素な庵の向こうに六本木の霞がかった摩天楼がどーんと。
53階から見下ろす広大なシティービューと、内なる宇宙の広がりと向き合う小さな茶室。この対比、シビれる・・・
まるで、古と新、内と外が、同時に存在しゆるやかにつながっているような演出に、すっかりやられてしまいました。いつもこういう小粋な演出をする森美術館、やっぱりすてき。
ちょっと邪道な楽しみ方かもしれませんが、みなさんもぜひ、窓の外にもご注目を!
今回は、思わず画集を衝動買い・・・
このカタログ、ものすごく内容が贅沢!!!ご興味ある方はぜひ。
宇宙と芸術展|思考の幅を広げる魅惑の物件 - Art Inspirations