ラヴェル「ボレロ」の高度な物語性
実はかねてから、ボレロのような小説を書いてみたいものだと密かに思っている。
ボレロというのは、フランスの作曲家ラヴェルが作曲したバレエ音楽のことだ。
タイトルを知らなかった人も、聞けば一発で分かると思う。
ということで、この記事は、是非ともボレロを聞きながら読むことをオススメする。
さて、始めは密やかなスネアドラムで始まり、そこにフルートがひっそりとメロディを演奏する。それを終えるとフルートは後ろに引きさがり、今度はクラリネットが同じメロディを引き継いで、続いてハープの控えめな参加を伴って、不思議な旋律は様相を変えて何度も何度も繰り返される。
不気味なようでいてどこか滑稽な、一風変わったメロディだが、これが最後まで変わらないので、つまらないといえばつまらない。何か作業しながら聞いたりなんかしていると、ふとボレロが流れていることを忘れてしまったりする。
のだが、中盤になってくると、ホルンとピッコロが同時に並走する何とも奇妙な和音が織り込まれていたり、トロンボーンが少々間の抜けた音で入ってきたりして、その違和感にはっと引き戻され、均一なはずのメロディの呪縛から私たちは逃れられなくなる。そのうちまた聞き飽きて存在感が薄れ、と思ったら引き戻され、また離れ、また戻り、を延々と繰り返す。まるで船酔いしたみたいに何だか酩酊した気分になる。
このボレロという音楽は、聞けば聞くほど不思議に面白い。
同じリズムとメロディを繰り返しているだけなのになぜだろうと考えていたら、ボレロの物語性の高さにふと思い至った。
まずは控えめに物語の簡単な舞台紹介から始まり、そこに登場人物がひとりずつ登場してきて、退場したり会話したりしながら話は進む。舞台設定は大きくは変わらないのだが、その様相は徐々に変化してきて、伴って人物たちも入り乱れて物語は徐々に緊迫して走り出す。時々相容れない人物たちが予想外に鉢合わせたりして読者はドキドキする。その事件を皮切りに物語はますます盛り上がり、やがて登場人物たちを総動員して次第に大きく膨らんでいく。
まさに、ボレロの場面運びは見事なものだ。
そうこうするうちに、ボレロの演奏はどうやら様子がおかしくなってくる。
いつの間にか、やたら音がでかい。最初は自信なさげだったドラムは、ばかでかいパーカッションも手伝って今やドンドンと叩きまくり、聞いているこっちもにわかに焦ってくる。いつの間にかバイオリン率いる弦楽器も総動員され、ドラマチックでスリリングなメロディにこれでもかと引きずりこまれる。しまいにはシンバルまで登場してもう収集がつかない。これ以上ないほど盛り上がり、テンションが最高潮に達する。そして、大爆発のようなフィニッシュ。
この手に汗握るような感覚は、大どんでん返しが待っているミステリー小説とも似たものを覚える。
クライマックスに向かって物語が走り出すにつれて、読者はのめり込み歯止めがきかなくなり、文字を読んでいるだけのはずなのに、五感がどんどん研ぎ澄まされて、情景は鮮明に、音はますます大きくなる。その感覚とそっくりだ。
はじめは数人ほどの楽器しかなかったのに、いつの間にか色んな楽器が入り乱れて、それがやがてひとつの音楽になって最後にはどかんとまとまるのだから、本当に高度な創作力である。
だからボレロを聞くたびに、私は舌を巻かずにはいられない。
そして、こういうものがいつか書けたらいいなあと、耳に残って離れなくなったボレロのフレーズを追いながら、私は今日も四苦八苦して書くのである。
***
余談だが、ボレロのメロディーラインや登場する楽器について調べ直そうと思ったら、Wikipediaにとっても分かりやすくまとめてあった。さすがはウィキ先生。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%AC%E3%83%AD_(%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB)
演奏者や指揮者によっても印象が随分と違ってくるので、ご興味のある方は、是非色々なボレロを聞いてみてください(^^)